蜃気楼

 年末、かなり冷え込んだ朝のことです。「JR西明石行電車」が須磨駅に停車した折、目の前に広がる大阪湾に蜃気楼が浮かんでいることに気が付きました。

 思わず目を凝らすと普段霞んで見えない対岸「泉佐野市」あたりのビル群が宙に浮かび、不自然なほど沢山の船が湾内を行きかっています。

 これらの姿は全てぼやけていて、じっと見ていると体がふらつくような気持ち悪さに襲われました。

 江戸川乱歩の名作「押絵と旅する男」の「男が富山湾の蜃気楼シーンを見て、平衡感覚に変調をきたすシーンから怪奇な物語が始まること」を思い出し、背筋がぞくぞくしてきて、おもわず視線を海から山に移動すると、ほどなく電車は須磨駅を発車。

 垂水の街に入るころには「平衡感覚」も「蜃気楼のために少し乱れた心」も正常になり、いつもと変わらない日常が戻ってきました。