日々の出来事や写真、過去の小文、その他諸々を取り上げます。
表題はホームページのタイトル候補だったのですが、咽(喉の上の方)、喉(喉の下、首のあたり)ということで落選しました。しかし因業に音が同じなので、わがままでかたくなな性格の自身にふさわしいと思い表題に復活させました。
バリ点描 その9 鳳凰電視台の見出し
以前のブログで「台湾の洋画タイトル漢字表記が面白かったこと」を紹介しましたが、今回はホテルのテレビで見た「香港のテレビ局-鳳凰電視台-のニュース見出し」を紹介します。
香港の漢字は中国本土で使われる簡字体ではなく旧字体なので読みやすく、アナウンサーの中国語トークが分からなくても「見出し」を見るとニュース内容の大まかな理解が可能です。
旅行中にバリのホテルで視聴した2025年9月23日放映ニュースの「見出し」を解説してみましょう。
1番
本文「特朗普将簽署行政令 轉移TikTok美國業務」
読み下し「トランプまさに行政令に簽署せんとす TikTok美國業務を転移」
解説 「将」は、訓読時に「まさに・・す」と読む「再読文字」で「今にもしようとしている」
という意味があります「簽署」は署名のことなので「特朗普(トランプ大統領)は今にもTikTokのアメリカ国内業務移転を命じる大統領令に署名しようとしている」と解釈できま
す。実際の署名は9月25日実施されたので、9月23日時点は「今にもしようとしている」状況でした。
2番
本文「港保安局長将推出”無感通関”不再需指紋」
読み下し「(香)港保安局長 まさに”無感通関”を推出せんとす 指紋再びもとめず」
解説 中国で「港」といえば香港のことです。無感通関とは、空港などの通関業務を簡略・迅速化すること、推出は推進する意味です。ここでまた再読文字「将」が出て来たので「香港
の保安局長が無感通関を今にも進めようとしている(これにより) 指紋再提出がなくなる」という解釈になります。
3番
本文「金正恩回電習近平 堅定發展朝中友好合作」
読み下し「金正恩習近平に回電 堅定發展朝中友好を合作す」
解説 回電は電報を送る、堅定は不動にする、合作は協力の意があります。9月18日は日中戦争の原因の一つである柳条湖事件の記念日で、遼寧省瀋陽市で記念式典が開かれているので、金正
恩は習近平に朝中友好の不動の発展、協力を願う祝電を送ったのでしょう。
4番
本文「英政府承認巴勒斯担國 國内反應各異」
読み下し「英政府巴勒斯担國を承認 (英)国内の反応は各々異なる」
解説 「巴勒斯担國」はパレスチナのこと、イギリス政府は9月21日にパレスチナを承認したのですが、国内にはイスラエル擁護派もいるので反応は様々なようです。
5番
本文 「特朗普将提出結束加沙戰爭具體提案」
読み下し「特朗普(トランプ)まさに加沙戰爭結束の具體案を提出せんとす」
解説 加沙戰爭はガザ戦争、結束は終わるという意味で、ここでも再読文字が使われていることから「トランプはガザ戦争を終わらせる具案を今にも提出しようとしている」と、解釈できま
す。翌々日の9月25日にトランプ大統領は終結計画案を提出しました。「今にもしようとしている」という意味の再読文字「将」が多く用いられているのは、テレビニュースは速達性と
共に「まもなく何かが起こりそうだ」と先見性を示す記事も多いことからでしょうか?
バリ点描 その8 ツアー飯
1996年「インドネシア史跡めぐりの旅」に参加し、中部ジャワの名勝ディエン高原遺跡群を訪ねた時のことです。
当日朝、ジョグジャカルタを出発、途中で御昼になったので道沿いのレストランに入店・・。
当時のツアーガイド役は、インドネシアで長年遺跡調査してきた日本人研究者で、席に着くと参加者の好き嫌いを聞いてからメニューを見て、一品料理数種類とライスを注文しましたが、料理が来る前にツアー団体がレストランに入ってきました。
料理は予約されていたようで着席するとすぐに「目玉焼きが載った炒め物にスープとライスが付いたおいしそうなツアー飯」が出されます。
しばらくして、我々のテーブルに注文の料理が来ましたが「ツアー飯」程見栄えがせず、味も期待ほどではなく・・「ツアー飯の方がよかったかな」と研究者は苦笑・・、
今回のバリの旅でも自由行動日は「ツアー飯」がないので、適当なレストランに入り、メニュー見て内容が理解できる料理を注文しましたが、味は「まあまあ」・・・対して、オプションツアーの「ツアー飯」は昼食、夕食とも上々の味でした。
バリ点描 その7 韓国人はどう思う
バリでは、かなり山奥の観光地にも両替所が有り看板を上げていますが、これらはたいてい古びていて、記載してある国名順もほぼ同じです。
バリを訪れる観光客数は2023年統計で一位はオーストラリア、インド、中国、フランス、韓国と続くのですが「インド、中国、韓国」は看板に名前がありません。
では三国の通貨は両替商で扱ってないのでしょうか?どうもそうではなさそうです。
同地では大きな店ではクレジットカードや一部アプリを使えますが、道端の露店や小さなスーパーでは現金しか使えないので、韓国人や中国人の姿も両替所で見かけます。
多分これらの看板は、三国があまり海外旅行をしなかった頃につくられて、使いまわされているのでしょう。
愛国心が強く、日本に強い対抗意識を持つ韓国人は、一覧表に日本があるのに自国がないことを腹立たしく思う人もいると思います。
バリ点描 その6 棕櫚葺き屋根
世界遺産タマン・アユンの見学時、境内に林立する「棕櫚葺き屋根塔群」の美しさに感銘を受けましたが、バリでは道路沿い100mおき位にある小さなヒンズー教寺院境内に「棕櫚葺き屋根の塔」が建っているところがあります。
ツアーガイドに「棕櫚葺き塔をよく見るけど屋根葺き職人はいるのか?」と、聞くと「浄財を集めて新たに塔を建てる時や、傷んだ屋根をふき替える時に頼む職人は沢山いる」ということ。
ティルタエンブル寺院を訪ねた時、丁度、境内の新築建物の屋根上で何人もの職人が棕櫚を葺いていたので、作業の様子をよく見ると日本の合掌作りの茅葺きのように「下地の枠組みに茅葺屋根を直接載せる」のではなく「板で葺いた後に、下地を載せ、その上に棕櫚を葺く」手順でした。
バリ点描 その5 ケチャ
1972年「芸能山城組」というグループが「バリ以外で初めてケチャを上演した」というニュースがあり、テレビでも上映されましたが、にぎやかなだけで良さが分からなかったので、ツアー中のケチャ上演も期待しませんでした。
当日、各地の史跡を廻り、夕方、車が到着したのはSERAVA BUDAYAという客席に1000人以上入りそうな大きな民族芸能劇場ですが、観客は僅か14人というさみしさ!
ツアーガイドに聞くと「夏休みが終わって団体客旅行が減り、観客も激減した」とのこと、シーズン中の駐車場は観光バスで溢れ、客席も満員だったようです。
さて、上演時間が来て、舞台中央の燭台に火が燈され、御祈りが捧げられると、アーティスト達が舞台に登場。
四方に陣取った男性メンバーが唱える「チャッ、チャッ」という掛け声に合わせてインドの叙事詩「ラーマーヤナ」が演じられますが、メンバーの位置は固定されているわけではなく、物語展開の緩急、大小のリズムに従いイワシの群れのように動きます。
内容は、悪人ラワナにラーマー王子の元からさらわれてしまったシーター姫を、サル軍団の援軍を得てと王子が救い出す物語で、途中、おどけ者の猿が客席に来て英語で話しかけたりもしました。
「ラーマーヤナ」が終わると、二人の少女による優雅で美しい「天使の舞」があり、最後に舞台に火が放たれ、少年がそれを飛び越えたり、火渡りをする舞をもってステージは終了。
配られた日本語の解説パンフのおかげで内容もよくわかり大満足、バリの文化は奥が深いようです。
20251123 今年11回目の釣行
11月23日(日)今年最後の釣行は、熱中症以来遠ざかっていた塩屋防波堤です。
現地に到着し釣座を決め、最初はノベ竿脈釣りからスタート、しばらく魚信はなかったのですが、15分くらいした時、小さな魚信があったので合わせると、根掛したような強い引き!片手だけでは竿が起こせないので、左手を添えて竿を立てると17cmクラスの大きなキュウセン!
その後は次々、魚信があり10cm以上の良型が続く中で・・竿先に違和感があったので、カラ合わせをすると、再び強い引き!左手を添えて19.5㎝の青ベラを釣り上げました。
大きな魚ほど魚信が小さく、カラ合わせで釣れることが多いのは、成長するにつれて、釣針から静かに餌をかすめ取る技術が向上するからでしょうか?
1時間ほど魚信が続き、リール竿で穴釣り、チョイ投げも行い、4時間で青ベラ2尾、大きめのキュウセン3尾、中くらいのキュウセン7尾、ベラ4尾、アブラメ新子1尾(オヤビッチャ、スズメダイ、河豚は放生)の計17尾を持ち帰りました。
期待通り、塩屋は大型が釣れます。
ノベ竿はよく曲がり釣味は良いのですが、手持ちが細く腕が疲れるのが弱点で、テープを巻いて補強しなければなりません。
今年は11回釣行「リールが動かない」「竿が折れた」「熱中症になりかけた」などの「黒回」もありましたが、初回からそこそこの釣果があり、順調な1年でした。
来年も豊漁を期待しましょう。
20251112 今年10回目の釣行
20251030 今年9回目の釣行
バリ点描 その4 キンタマニーの蜜柑
キンタマニー高原はバリ島北部にあるバトゥール山外輪山に広がる避暑地で、外輪山上に立地する展望レストランから見下ろす光景は山と湖(バトゥール湖)の対比が箱根山と芦ノ湖の光景とよく似ていますが、違うのは湖の西にある生々しい溶岩流で、地表には全く草木がありません。
その中で草木が茂っている島のようなところは、高まりだったため、溶岩から逃れた場所のようです。
以前、見たテレビ番組で富士の樹海の中にも溶岩流から逃れたマウンド上地形があることが紹介されていました。
ところで、高原に登って来ると下界では全然なかった蜜柑を売る屋台が多数出現します。
小さなバケツに山盛りいっぱいの蜜柑が売られていて「こんなに多いと帰国までは食べきれないな」と、買うのを諦めたのですが、幸い下界の店で十個入りパックを購入・・。
皮は簡単に向け、口に入れると温州蜜柑とオレンジの味が混ざった素敵な味がしました。











