月釜(つきがま)の正客 (その2)

 席入りすると、まず、床の間、次に釜を拝見し、席に向かいますが、歩行ルートはうろ覚えなので「頭痛さん」のアドバイスに従います。

 御詰めが着席し、茶道口が開くと亭主が登場しました。「亭主と正客とどちらが先に挨拶するんやったかな・・・」と考える間もなく、「頭痛さん」が小声で「ごあいさつを受けて・・・」と発言、つられて「ごあいさつをう・・・」と言ってしまいました。「風邪」さんが噴き出す声が聞こえ、他の相客も笑いをこらえているようです。

 挨拶の次に行う「床の掛軸」についての「問答」も「頭痛」さんの小声を真似します。その様子は「船場吉兆」の記者会見で女将が息子に小声でセリフを伝え、息子がしゃべるのと全く同じです。

 その間「中座」さん「風邪」さん「あわてもの」さん達はめんどくさい「正客」や「御詰め」を外れた茶会がよほど気楽なのでしょう、おしゃべりして、楽しそうです。「腱鞘炎」さんも普通に茶碗を持っていただいていますが、痛みは全くないようです。

 あわれな私は「操り人形」を延々と行い、なんとか「薄器と茶杓の拝見」までたどり着き、「最後の御挨拶」も終わり、ようやく茶会も終了しました。

 外で「頭痛」さんにお礼を言っていると、相客の皆さんは「正客は一番ええお茶碗で飲めるから、なってよかったね」「最初やから失敗してもしょうがないね」「何度かやったらなれるものよ」などと好き放題を言って帰ってゆきました。

 その頃になって、OLさんがようやく出てきて「大変やったね」と慰めるので「出てくるのが遅い、もっと早く助けに出てこい」と怒りたかったのですが、疲れ切って相手をする気力もありません。

 続いて亭主役の先生も登場し「せっかく来ていただいたのに無理やり正客にさせられてしもて、えらいすみません。正客の譲り合いは、なんとかせなあかんと毎回思いながらいつもこんなことで・・、正客になって失敗すると後で悪口言われるのが怖いからなりたがらへんし・・」などと言い訳をします。

 「だからと言って、スケープゴートにされた人間はかわいそすぎると思いませんか?」と腹の虫はおさまらないのですが、仏頂面したまま帰るのも大人げないと思い二人と少し話をしました。

 席入りの混乱は毎回のことで、一昨年の「月釜」では、待合で正客が決まらないまま席入りの時間になり、入口のある縁側まで来て、もみくちゃになって譲り合いをしている内に、一人が弾き飛ばされて転落し、沓脱石に激しく顔面を打ちつけ前歯が折れたそうです。

 「サスペンス劇場なら後頭部を打って死ぬところやな」とつぶやきながら足取り重く帰宅しました。