ある日

 これは12、3年前、調査会社にいた頃の話です。当時は泊りの出張に行くと必ず居酒屋で飲んでいました。今ではすっかり酒も弱くなり、目当ての店が閉まっていたらすぐUターンします。どうこう言う話ではありませんが、最後に少しオチがあります。

 今日は、久しぶりに支社に行き、夕方大津に戻ってきて、レンタカーを借りて桑名に向かいました。明日9:00に「調査終了報告書」を教育委員会に持って行くために今夜は桑名市内のホテルに泊ります。それにしてもたいへんな大雨で前がよく見えません。ずっと目を凝らして運転しているせいか肩もこってきました。

 8時前、漸くホテルにつくと、保守系県会議員の後援会集会がはねたところで、傍若無人に振舞う後援会幹部連中がロビーにあふれて、フロントにたどり着くのも一苦労しました。しかし、我慢々々、今夜は駅前の韓国料理店に行くという大きな楽しみがある。ここには日本では中々飲めない本場のマッコリがある、ぷちぷちと発砲する濃厚なマッコリを想像するだけで喉がなります。

 しかし、大雨の中を十五分もかかって歩いていったのに店はつぶれていたのです。「そういえばいつ来てもお客は少なかったな」と思いつつ気を取り直して、駅の反対側にあるもう一軒の韓国料理店に行くと臨時休業。

 かなり落ちこみましたが、仕方なく一度行ったそこそこいける焼鳥屋に行って見るとなんと串カツ屋に替っていました。「肉体的にも精神的にも疲れた体には串カツはもたれるし、もう酒を飲まずに帰ろう」と思いホテルに向って歩き出すと汚いビルの一角に「アジアン無国籍料理店」という小さな看板を見つけました。疲れ切った私は休憩も兼ねて店内へ入りました。見渡すと小さな店はいっぱいの客で賑わっており、特に店奥に20代の女性客が10人、小テーブルを3つ連結した長テーブルを囲んで多いに盛り上がっておりました。

 ピッチャー3つがからになっており、そろそろデザートの品定めに入っていることから、宴たけなわです。私は唯一空いていた彼女等の脇の小テーブルに座りました。店にはマスターとウエートレスの2人しかいないらしく、なかなか注文を取りに来ません。やっとウエートレスをつかまえてマッコリと「トムヤンクン」「手羽先煮」やら「ふかひれ春巻き」などを注文しました。出てきたマッコリが高い割にはグラスは小さかったので大いに気落ちしましたが、手羽先や春巻きは予想外においしく、トムヤンクンは本場の味をしのぐほどの出来映えで「これはめっけもんの店」だと元気が回復してきました。

 さて、女性グループはメニューの杏仁豆腐が品切れだと知るやウエートレスに文句をいい。何人かは「杏仁豆腐がないのならまた料理に戻る」言って冷麺を注文したり、点心のごまだんご注文する者もいて、マスターは注文をさばくのに厨房を走り回っています。

 食べ物全てがなくなってからも、ディズニ―ランドの話、ロイホの定食の話、高島屋のステーキ定食の話などで大いに盛り上がっていましたが、帰りの交通手段の話がぽつぽつとでてきた頃、幹事がレシートをもらってきて、電卓で5円単位まで割り勘し、集金が終った幹事一人を残して店を出てゆきました。

 支払いを済ませた幹事が帰ってしまうとまだ客がいるのに寂しいくらい静かになりました。私は何気なく彼女等のいたテーブルを見ると、そこはあっと驚く光景がありました。なんと取皿、サラダボール、コップなどの食器がテーブルの中央に集められ、きちんと重ねて片付けられていたのです。箸や箸袋まで一箇所にかためるという念のいれようです。

 食器を引きにきたマスターに「すごいね、お客がこんなきれいに片付けていったのは初めて見たよ」と言うと、「人手が少ないので片付けが楽です」と喜んでいました。グループが忙しそうな店員を見て心配りをしたのか、外食でも食器は片付けるようにという躾を受けていたのか知るすべもありません。しかし、仏滅と三隣亡が一緒にきたような日の最後の最後に心洗われる光景を見ました。めでたし、めでたし。