心の中の京都人

 まだ私が生まれる以前の昭和20年代終わりごろ、神戸に住んでいた私の祖父のところに京都の一流旅館の主人から「末娘さん(私の叔母)を息子の嫁にほしい」という話が持ち込まれました。

 有名な旅館から所望されたわけですから、祖父も乗り気になったのですが、祖母は「京都に嫁にやったらいじめられるから絶対いかん」と強硬に反対したので、祖父も折れて縁談を断わったそうです。

 叔母はその後、大阪のサラリーマンと結婚しましたが、祖母はこの話を何度も何度も孫の私に聞かせるので、「京都人は意地悪だ」という意識が頭に刷り込れたまたまま成長し、京都市内の大学に入学しました。祖母の話もあり、京都人に対する時、最初は身構えていたのですが、意地悪をされることもなかったので、話も忘れかけていました。

 しかし、卒業後、バイトや嘱託を経て、滋賀県内の団体に採用されると、当時の上司が「京都人との交渉法」を詳しく教えてくれたおかげで、記憶がよみがえって来ました。

 上司の話を要約すると、まず、「京都人は腹黒いから、気いつけんとええとこを全部持っていかれる」そうで、そうならないためには、

 「交渉をする時は相手の顔をしっかり見て、少しの表情の変化も見逃さず、話を一言も漏らさず聞き、言葉の語尾や抑揚にも気をつけ、体全体の動きも把握し、雰囲気をつかみ、話の流れに少しでも違和感がある時は話を打ち切って帰ってこい!」

 「京都人はこっちが積極的で出なければ、絶対話に乗って来んから、必ず右足で一歩踏み込む気持ちでおれ!でも同時に左足にも45%体重を乗せておくんや、相手のペースに巻き込まれ話が不利な方向に行きそうになったら、左足で思いっきり後ろに飛んで逃げろ!」

という姿勢が大事だそうです。

「大学在学中、京都人から意地悪をされた経験が特にない」ことを上司に言いますと、「学生は、京都にとって地元の負担にならず、金を落とすだけの上客やから大切にされるんや。大事にされるのは学生の間だけや、そんなことも知らんのか!」

と切り捨てられてしまいました。

 その後、転職した会社では、京都市内の会社に営業に行くこともあったのですが、再度転職してからは京都とのかかわりはなくなりましたが、ツアー旅行などで空港に集合し、初対面同士が自己紹介をする時、相手が京都人と聞くと反射的に身構えてしまい、気がついて苦笑しながら肩の力を抜くこともありました。しかし、最近は、記憶力の低下とともに「京都人に対する条件反射」も薄れてきたようです。