受診の思い出(3)

3、静脈注射

 小学校3年生の時、祖父が亡くなりました。

 肺に疾患を抱えていましたが、夕食は普通に食べ、就寝したのに、翌朝急死したのには、家族全員びっくり仰天です。

 父もよほど動揺したのか、小生のような「小学生ごとき」に向かって深刻な顔で「人生いろいろなことがある」などと述懐していましたが、気を取り直して向かったのは、実家から歩いて4~5分のところにある内科医院だったので、前出の老先生はもう亡くなったか、医院をたたんでいたのでしょう。

 小生もこのころから、そこで診察してもらうようになりました。

 医院は「職住同一」の老先生の所と違い、店が何軒かある表通りに面した「専用の建物」で、ドアを開けるとすぐ待合室があり、奥に受付のガラス窓があるのですが、薬の調合は受付のずっと奥の方で行っているらしく、窓から見えないので、受診時の二つの楽しみ(調合の見学、市電の乗車)は残念ながら消滅することに。

 ところで、ここの先生は喘息治療に静脈注射を用いていました。

 その手順は「長さが10㎝位の太いアンプル」と「小さなアンプル」合計2本の口を切り、長さが17センチ位、直径も2㎝以上ありそうな大きな注射器にまず「太いアンプル」、次に「小さなアンプル」から注射液を吸い込むと、看護婦さんが消毒したひじの内側に針を刺すのですが、先生の腕がいいのかあまり痛くありません。

 針を刺してから何度か押引きして、注射器が安定するとゆっくりピストンを押してゆきます。

 痛くないといってもやはり注射は怖いので目を反らしたいのですが「徐々に注射液が腕に入ってゆく様子」には大変興味があり、目を反らしたり見つめたりしているうちに、半分位注入が済むと、先生は必ずピストンを停め、少し引きます。

 すると注射器内に血液が糸をひくようにスーと入って来て、ゆらゆらゆれて広がり、透明な注射液は濁ってしまうのです。

 きれいな注射液が血で汚されるのは嫌なので一度顔をしかめたことがあります。すると先生は気分が悪くなった勘違いし「大丈夫?」と言って針を抜いてしまいました。

 その時は「しまったせっかくあの液が全部腕に入るのにもったいないことをした」と後悔し、それ以後注射中は務めて無表情を装うことにしましたが、はたから見るとその不自然さは随分滑稽に見えたでしょう。

 この注射の効き目は早く、注射液が全部腕に入る前に喘息の発作が「すー」と嘘のように遠のいてゆくので気に入っていました。

 しかし、近年は点滴に取って代わられたらしくとんと見かけません。

 幼い時の記憶に「受診体験」が多く含まれているのは、小児喘息のため度々受診し、怖い場所ではあるのですが、反面好奇心をくすぐる事象がそこここにある医院という異次元の世界での様々な体験が記憶として長く残されたからでしょう。(この項終わり)