「担当者」は最初に自己紹介をします。記者は学歴やゼミの教官を聞くのが何より好きなようで詳しく聞かれます。中には高校時代のことまで聞く記者もいますが、それらが記事になることは、ほとんどないのです。
それから、遺跡の質問になりますが、「資料提供」のプリントには「今回の遺跡は県内に同様の遺跡が数か所あり特殊なものではなく」「遺構や遺物に日本最古、日本最大、日本唯一というものはない」ことを明示しているので、記者たちの舌鋒は鋭くありません。
しかし、遠くまでやって来て、質問ひとつせずに帰るのも時間と経費の無駄だと思うのか、論点を変えて「この遺跡は保存する価値があるのか?」「日本史を変える可能性のある遺跡なのか?」などはっきり答えにくい質問ばかりします。
民放と新聞社の記者は、「もう一歩踏み込んでもらえまへんか?」「大丈夫、大丈夫、思い切った発言でもオブラートに包んでさらっと出しますんで」などと「ぼけ」と「つっこみ」を交えた関西トークで迫って来ます。しかし、「NHK様」は、質問自体が標準語で「きつく聞こえる」上に、答えようによっては「あなたの答え方は不誠実だ」と本気で怒りだす人がいるので要注意です。
なんとか、記者会見も終わり、記者達も三々五々帰宅に着くと、会場を後片付けして現地説明会は終了します。本来なら、同僚やバイトの諸君と打ち上げでもやって、泥酔したいところですが、残念ながら上司からは当日夜は自宅待機が厳命されています。仕方なく、帰宅して自宅でぽつねんとしていると、県教育委員会から「○○新聞の記者から聞きたいことがあると電話があった。今から言う電話番号に電話してくれ」という電話がかかってきました。
新聞社に連絡すると「遅いのにすんません。ちょっと聞きそびれたことがあって、お聞きしたいんですが」と謝りながら何点か質問するので、昼と同じように当たり障りのない答えをすると「すんませんでした。おやすみなさい」意外とすんなり電話を切ります。その頃は、なんで「現説」の夜に新聞社から電話がかかって来るのか分かりませんでしたが、大分後になって、その理由が新聞社側にあることが分かりました。
夜、記事の集まりが悪く、翌日の紙面に穴が開きそうになると、支局長は当日取材に出た記者に命じて、記事を膨らませて、穴埋めさせようとします。しかし、記者が自分の筆力では記事の膨張が無理だと思った時、再取材の電話をかけてくるのです。県教育委員会でマスコミとの付き合いが長く「うちとブンヤさんは持ちつ持たれつや」とよく言っていた上司は、そのことを知っていてマスコミサービスのために「自宅待機」を命じたのでした。