巨大仏塔出現

 欧米や韓国ではコロナ感染が収まらないというのに日本はすっかり下火になり、神戸市も感染数一日数人程度でコロナ病棟も閑古鳥が鳴いています。

 いったい何が原因でこんなに減ってしまったのでしょうか?

 一時は京都の北野天満宮で行われた僧侶と神職による合同祈祷が功を奏し、疫病が退散したと思っていたのですが、実は昨年も実施され効果がなかったことが分かり、思い違いだったようで・・。

 それからしばらくして、配達業務で久しぶりに大開通を東行すると新開地交差点近くに1か月前には影も形もなかった巨大仏塔が突如出現していて度肝を抜かれました。

 帰宅後、早速神戸新聞Web版をチェックするとその正体は「塗装工事により全体を工事用ネットで覆ったため仏塔のように見えるようになった高さ130mのNTT無線通信塔」だそうです。

 同塔は、第五波がピークを迎えた8月頃から準備を始め、9月下旬には完全にネットで覆われたことにより、多重石塔や五重塔の上部のような形状に変身した模様ですが・・。

 記事では同様の通信塔は新潟市や名古屋市にもあり、いずれも塗装工事の際に神戸と同じ仏塔様に変じたとされますが、小生は「神戸の仏塔はそれらと違いその立地に大きな意味があり、それがコロナ沈静に大きな効果があった」と考えました。

 今から、それについてつらつらと述べることにいたしましょう。

 大開通の北には平氏一門が栄華の極みに何棟もの宮殿を建て、安徳天皇を戴き宮都としながら「源平合戦」の悲劇の舞台ともなった「福原京跡」、東には「湊川の戦い」で楠正成が討ち死にした「湊川古戦場」があり、当地周辺は戦さで無残な死を遂げた武士や巻き添えで亡くなった民衆の「魂魄」が漂泊しています。

 (余談ですが大開通の北隣「水木通」には若き日の水木しげる氏が管理し、ペンネームの由来となったアパート「水木荘」もありました) 

 しかし「湊川古戦場」には正成を祀る「湊川神社」と境内の「水戸光圀建立の正成を称える石碑」が、近隣には清盛の慰霊碑とされる「清盛塚」、蓮台と台座を含めると高さ18mにもなる「兵庫大仏」など、悪霊化しがちな「魂魄」を鎮めたり、海外から侵入してくる「疫病神」も防ぐ「鎮魂施設」が配置されていたのですが・・。

 大正12年に市電工事により「清盛塚」が移転、戦時中には「兵庫大仏」が金属回収で供出され(現在の大仏は二代目)、近年水戸黄門の新作が製作されず「石碑」の参拝客が減ったことなどにより「魂鎮施設」の機能が弱まり、悪霊化した「魂魄」が「疫病神(デルタ株)」を呼び寄せたようで・・。

 流行の初期、神戸で度々確認されやがて全国に蔓延した「デルタ株」は「アマビエ」などのまじないや様々な社寺の祈祷も効果がなかったのに、巨大仏塔が出現すると「まず、デルタ株を後押しする近隣の怨霊を鎮めることに成功し」「その余勢をかって全国に広大無辺な功徳を及ぼしコロナを鎮めてしまった」ようなのです。

 そんなわけで、小生は巨大仏塔の有難さを大いに称賛しているのですが、たいへん残念なことに、塗装作業はもう終盤で、上部からネットの取り外しが始まり、年明けには仏塔がもとの電波塔に戻ってしまうのです。

 オミクロン株が出現しまだまだ、除霊が必要なのに「巨大仏塔」の効果がなくなるかと思うと残念でなりません。

巨大仏塔